3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震。世界最大級のM9.0という地震でした。私はちょうどそのとき小笠原環境研修(3/7〜3/12)で学生8名の引率で「おがさわら丸」の中でした。11日の14:00に小笠原父島(二見港)を出港し、研修も終わり船の揺れも少なく、ホッと安心していましたが、船内のTVで地震のニュースが放送されたときはビックリ!。M8.8地震=津波!が頭の中を過ぎりました。

洋上の船は安心とは知っていたものの最大級の地震と聞いて内心不安な気持ちもありました。船内のTVはずーっと地震のニュースが流れ、情報がわかればわかるほど心配ごとが増えてきました。明日、津波の影響で船が接岸できるのか?電車が全線運休で帰れるのか?・・・何よりも、私が生まれた宮城石巻の実家の家族は無事なのか?地震の影響をもろに受けている宮城県石巻市・・・母や兄夫婦それから姪達の安否が気になりました。

携帯電話は洋上なので当然つながりません。そして被災地への電話が繋がりにくいことも分かっているのですが、船内の公衆電話(衛星経由)は大混雑で、1時間ほど待って私もようやく電話ができ、船の安全と学生が全員元気である旨を学校に報告し、そのあと、宮城の実家に電話をしましたが不通でした。

12日16:00、無事、「おがさわら丸」が竹芝桟橋に接岸し全員無事に船から降り解散しました。電車の本数は少なかったものの、浜松町駅から電車で各自自宅に帰りました。

・・・自宅についてから何度も宮城の実家に電話したり、親せきなどに電話したのですが繋がらず、緊急携帯伝言板なども見たりしたのですが状況が分からないままでした。

・・・それから5日間、全く連絡が取れませんでしたが、16日夕方、姪から携帯メールが届き「家は崩壊しましたが、家族全員無事です」とあり、そのあとに「おんちゃん(叔父さん)も大丈夫ですか?」と・・・みんな無事で安心したことと、家が崩壊したのに私のことまで気を使ってくれた姪のメールを見て、ほんと涙がで出る思いでした。