建築科 夜間 ブログ

専門課程:2年制

学科別ブログ

カテゴリー: 一般
著者: 多田和秀

イケメン建築
本物の建築は風土や文化が裏打しているものだ。
風土や歴史と近代建築はどう対峙すればよいのか。
1970年代後半、吉阪隆正氏が愛弟子、象設計集団に突きつけた課題は、そのようなことだったとおもう。
その後、それを追いかけるようにポストモダニズムに関する本が多数出版された。
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名護市市庁舎
象設計集団(1981年)
この時代にはポストモダニズムの議論が日本建築界ではじまり、学生同士で競い合って本を読んだものだ。
たまたま、機会を得て沖縄に行った。まだ、3月だというのに、首里城でスコールみたいな大雨がでむかえてくれたのには驚いた。
そして、守礼の門と対面した。私にすれば「2000円札、めったにお目にかからないお札の絵柄」、「かなり線が細い神経質そうな建築だなぁ。台風でスッ飛ぶんじゃないか」というぐらいの知識しかない。
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沖縄の守礼の門
大仏様のような構造が特徴的だ。しかし全体はやさしい、細くひきしまった美しいプロポーション。
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鮮やかな繊細な形は、東大寺南大門と同じ特徴的な構造です。
現時のものは戦後の復元ではあるが、色彩とプロポーションが美くしい。そして構造形式が鎌倉時代の大仏様だから興味深い。
守礼の門の創建は1500年の中ごろだというから、桃山時代につくられた建築だ。ものすごく洗練された建築だ。部材一本一本に神経が注がれている感じが充分伝わってくる。
結局1時間ぐらいこの建築と対峙してでた結果は「全体の形状はホッソリとしていながら、武士が無骨に語りかける。」
源義経みなたいな「イケメン建築」なのである。
その後、一泊して私は久高島に渡るのだが、渡し舟で私を驚愕させることが起こった。

カテゴリー: 一般
著者: 多田和秀

高円寺と中野の駅間、高円寺から出発して中央線が加速し、環七を渡る少し前、左側に黒い建物が見えてくる。誰もがわかるようにテントのような形をした黒い塊だ。
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「何かなぁ?この黒いテント」と感じさせる。存在感の強い建築です。
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ベルリンにあるベルリンフィルのホールも「カラヤンのサーカス小屋」といわれていました。
テント小屋は現在ではあまり見ることがないのですが、楽しい空間をイメージさせてくれます。
ドイツのベルリンにあるベルフィルのコンサートホール(設計:ハンス シャロウン 1963年)は「カラヤンのサーカス小屋」といわれていた。当時、名指揮者 ヘルベルト フォン カラヤン氏1908年〜1989年)がベルリンフィルという世界最高のオーケストラをあやつりながら、サーカスみたいな曲芸演奏をさせた=最高の演奏をさせた。ことに由来している。
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内部は「こりゃー 楽しいだろう」というデザインだ。重苦しさをうまく中和してくれ和ませてくれる空間です。
調べてみると、このテントの設計者は、仙台メディアテイクや銀座ミキモト等で日本の建築界をリードする建築家、伊藤豊雄氏であることがわかった。
名称は杉並芸術会館「座・高円寺」である。開かれた劇場で大小2つのホールがあり市民にも貸し出されているようだ。建物の内部に入ると水玉模様が散りばめられ、伊藤氏流の優しい建築へと仕上げられ、親しみすい劇場、市民の集まる楽しい劇場となっていた。
古代ギリシャから劇場は演劇家と建築家、「芸術家の魂のぶつかり合う場所」にちがいない。
 高円寺というディープな街は、この建築を演劇の殿堂として育てていくだろう。

カテゴリー: 在校生
著者: 多田和秀

建築デザインは本格的なものでるほど、しっかりとした技術に裏づけされている。工業技術が進歩すれば建築のデザインも変化する。鉄とガラス、鉄筋コンクリートは、レンガ造から近代建築へと建築デザインを明確に変化させた。
日本の明治建築はその点で微妙だ。それまでなかった西欧建築が突然日本やってきた。そして、ジョサイヤ コンドル等の外人教授陣の手によってわずか数十年でヨーロッパの建築技術が日本に伝承されたことになる。木造建築が石造建築になったわけだ。北島三郎がエクシールの曲を歌うぐらいの違和感があったと思う。
小樽に行き観光地図をみながら「運河沿いの建築郡を見て」「たらふくお刺身を食べ」ぶらぶらしていた。
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小樽に行けばこの風景は観光地観光地している。しかし、明治日本の北の地のノスタルジーに浸るには充分だ。
「小樽のウォール街」という言葉が目に入った。この観光、観光した言葉に軽い怒りすら感じたが、結局、「時間があるから」の一言でいって見ることにした。
いってみると、私の誤解はすぐに払拭された。つまり、私の小樽史の誤認と知識力のなさを思い知らされた。
小樽は明治時代から札幌のバックヤードとして北海道の金融の中心として存在していた。そのため、日本銀行小樽支店をはじめ立派な銀行が集まりまさしく「北のウォール街」を形成していたのだ。
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これぞ本物の建築。しっかりとしたデザイン感覚と知識により築かれている。細部にあるオーナメントはシマフクロウをモチーフにしています。
建築の質はかなりの特上で、保存状況も良好。一見の価値はある。
設計者は、コンドルの弟子で日本建築の父とも言える辰野金吾。名作である。
全体像は、ネオルネッサンス様式で、ギリシャの柱や破風、ローマのアーチが組み込まれている。特に私の目を引いたのは建築の細部だ。おもちゃじゃない、どっしりとした石造の雨仕舞など本物の建築という趣を持たせている。

カテゴリー: 一般
著者: 多田和秀

ディズニーシーへ初めていった。(ディズニーランドにはまだはいっていない)感激した。
実の話をすると、ディズニーランドは私が学生時代にできた一大遊園地だ。その時代「遊園地」という言葉がディズニーが私の理解できる限界だった。「あんな作り物」「虚構の空間は建築ではない」といいながら「絶対にはディズニーには行かない」と言い放った。そのためではないが、ディズニーにはいっていなかった。
しかし、なんの因果かディズニーの招待券を頂いてしまった。
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ディズニーの世界観は時代や空間を自由に移動できる。イスラムの小都市の横丁と居ると思えばイスラムへ、イタリアの中世の街中と言えばその空間へと連れて行ってくれる。時空を超える小旅行だ。
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素晴らしい!確かに虚構の空間であるには違いない。ここまで完成度の高い虚構は芸術品といってよい。実は、3年前の夜間の卒業生が、ディズニーでエイジングという仕事をしていた。年月の経過を感じさせるため色で彩色して建築に年をとらせ雰囲気をつける仕事だ。
そんな努力の結晶がまさしく絵本の中からではなく、目の前にその地域、場所、時代が飛び出してくる。実際に、「ここはベネチアでみたことがある」と3度くらい思い。「これはバクダッドの街角だ」と5度くらい叫んだ。
印象的だったのは、ベネチアそっくりな路地だ。これは盛期ゴシックのカ・ドロです。と言えばそうみえるか?と思わせる。実際にディズニーのスタッフはベネチアをすごく探検したに違いない。
まるで世界旅行を追体験しているみたいで楽しくなってきてしまった。
まったくこの楽しさを知らなかったのは一生の不覚だった。
建築には雰囲気とか「気配」がある。確かにディズニーの建築はデフォルメがあり、そのものでは決してない。(それが実は楽しさの根源なのだが。)しかし、建築や都市の気配を感じさせてくれる。
 夕暮れになり、最後にということになり、「タワー・オブ・テラー」に入った。
まさしくディズニーは楽しませてくれる。
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「ウォー」と叫んだのは何年前だっただろうか。

カテゴリー: 授業
著者: 多田和秀

建築を目指して
コルビジェという人の名は有名なのか?と授業をしていて不安になることがあります。できるだけ旬な内容を目指して話しをしておりますが2年間も勉強した後の学生は結構なプレゼンをしてくれる。
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こういう作品ばかりだと飽きちゃうか?でも建築の本質は、やはりここにあるんですよ。
しっかりと建築と対峙して欲しいと思います。「建築の本質」はなどというと殆ど説教じみてくる。私も歳をとったのだと思う。
建築の本を読むといっても解釈ができない本も多数あります。特に建築家という種族の文章的にはある特徴的な文体や用語を用いるので一部のグループでしか解釈できない、一般読者には理解できないとう事態がおこる。(なにが書いてあるかわからない)私も以前本を書かせていただいとき、「このような言葉は意味が分かりせん」と編集の方に言われたことがあります。私としては何時も使っている言葉なんですが・・・・・。
ル コルビジェは近代建築発展過程を教えるときにはごく普通な手順なのですが、「私は学生の知りたいことを教えているのか」と自問自答することがある。
実は、ポストモダニズムの講義をするときに、マイケルグレイブスの話をするのでが、日本名でこの名を検索するとなんと該当する数が少ないことに驚く。1980年代ではマイケルグレイブスを知らないと「勉強していないね」と、いわれたぐらいの有名な人物でした。(今では、の本後でこの名前を検索してもあまりヒット件数は少ない)
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ザハ ハデットの作品 リトアニアの美術館2011年開館予定
ザッハの作品はそれまでの建築が塊として存在していた。と考えると建築を電子レベルの素粒子に分解して建築を再構成したように感じられる。と書いても理解してくれるか?文章を書くほうにもいろいろ都合があるんです。
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今年度の卒業設計の優秀作品です。代官山の山手道りに計画した。ホール、芸術村計画です。流れるようなフォルムが建築に新しい美しさを付け加えたという講評がおおかった作品です。建築を形から創造することができるのは3次元のCADを使えるようにになってからです。「鯨ハウス」と私はあだ名をつけました。岡部聖一さんの作品です。「迫力があるねぇ」という作品です。
今年の卒業設計発表の学生の中からも、「ザハ ハデット」のように、と聞こえてくる。学生の成長に教えたほうとしては嬉しいのだが内心「本当に学生さん達はは卒業までに僕の授業をどう理解してくれたのか」と心配することがある。
しかし、新しい知識や形を造りだすことは「人間が建築をはじめた」ときからの醍醐味である。これを忘れては建築は成長しない。

カテゴリー: 一般
著者: 多田和秀

「現在の渋谷駅の風景です」
 NHKで深夜午前0時にニュースをやっています。そして、最後に東京地方では、渋谷か新宿か羽田空港、レインボーブリッジの映像が出ます。その中の一つに渋谷の駅前があり、それは井の頭線とJR、東急百貨店をまたぐブリッジ部分で、格子窓の造形が美しい映像です。内部空間は「つなぐ」という単調な内部空間でありながらダイナミックさを感じる空間です。「建築家の創った空間」で、機能に造形意思が加えられ単調な空間に「命が吹き込まれ空間」であると思っていました。建築を感ずることができる空間でした。
 さて、渋谷駅の東急東横線の駅、東急百貨店と井の頭線の通路は同じ建築家が設計したもので、今から半世紀前ぐらい前に造られたモダニズム建築の名作といえる作品です。設計者は近代建築の巨匠、坂倉準三先生です。
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坂倉先生は1931年(戦前)にル・コルビジェの事務所で学び戦後、日本に近代建築をもたらした建築家です。
 先ごろ、マークシティーが建ち、より劇的な空間が随所に見かけられうまく「坂倉空間」と調和し都市空間のダイナミックさが付け加えられました。
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そして2008年11月18日、岡本太郎先生の「明日の神話」という巨大壁画が、そこに恒久的に設置されました。(この作品は、全長30m高さ5.5mの巨大なものですが、何故か行方不明で2005年にメキシコで発見されたものです。原爆の悲惨さから人類が立ちあがり明日へ向かっていくという岡本氏のメッセージがこめられています)
実は、設置については広島や大阪という案もあったそうですが、結局渋谷に安住の地をみつけることとなりました。
岡本氏の自宅は渋谷で、現在は岡本太郎記念館になっております。そして、その住宅を設計したのは坂倉準三先生でした。生前、二人は仲の良いお友達で、「坂倉」・「岡本」の仲だったそうです。
そして驚くことに、その壁画は、その連絡通路にぴったりとはまっています。それは、二人が話し合って空間を演出したのかと思えるほどすばらしい空間となっています。
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カテゴリー: 授業
著者: 多田和秀

渋谷駅の風景
近代建築の講義の中で必ず聞くことがある。「渋谷ってどんなイメージがありますか。新宿は?池袋は?」と街のイメージを質問する。「君達はプロの建築屋さんになるんだから、その街のイメージができる建築の名前ぐらい、いえなくてどうする」などとプレッシャーもかけて質問を続ける。
大体は、「新宿」「池袋」は建物のイメージが薄い。意外と西新宿の高層ビルをあげる人は少ない。「新宿は歌舞伎町です」と答えるが多い。しかしやはりハッキリしない。池袋にいたってはサンシャイン60という答えは出てこない。
渋谷はしっかりとしたイメージがある。「まる・きゅう」と例の語尾上げ半疑問文で解答してくれる。
「まる・きゅう、なんだい?それ」とわざときいてみる。「いち・まる・きゅうの銀色の建物」と言う。「109には、ちゃんと意味があるだけど分かる人」というと解答は皆無だ。「109」はなんですかと黒板にいてみる。解答がない。
「10・9」と書いてもだめ。「十・九」でもだめだ。「とう・きゅう、ですよ」「東急」というとやっと気が付く。
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設計者は、竹山実先生の1978年の作品である。代表作には、晴海の客船ターミナルがある。
都市のイメージは記号として認識されている。しかし、イメージの薄い街がふえている。
昔は、街に1つぐらいはあったものだ。大きなけやきの木・郵便局・小さな石橋、なんかあったはずだ。

カテゴリー: 卒業生
著者: 多田和秀

山の手線の駅
通勤途中で何気なく見る風景に気になるものは,誰にでもあると思います。ある物が突然なくなったり、付け加わったりするだけで、「妙に気になるもの」です。特に通勤・通学に利用する駅が変化すると、どこか新鮮な気分になると思います。私の場合、数年前、目黒駅が大変革したときには、「一体全体どうなっているんだ」と思い。また、「前の駅の方がコンパクトで使いやすかったのに」と思いました。
 唐突ですがJR「原宿駅」が気になり始めました。何十年とこの駅の前を通っています。下から見上げると、木造教会風で、ハーフティンバーの建築は美しくもあり、「原宿の駅っていいんじゃない」と思えるぐらい良い建築だと思いえます。
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 形の特徴から考えると、バロック形式でチェコ、ルーマニア周辺の木造建築をベースにしたような感じがします。線路側からライトアップしたら重厚な感じが際立ってくると思います。
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ホームから見るとモンサンミッシェルみたいな??
 そこで、私が興味を抱いたのは、「山手線で木造の駅とは不可解?」「古いみたいだが何時頃のもの?」と疑問が沸き起こりました。
 
 調べると結構面白いことが分かりました。原宿の駅は、山の手線の駅では一番古い「木造駅」で1924年の竣工、設計者は長谷川馨 氏で当時、鉄道局の技官の方の設計であると伺いました。また、この建築に使用された木材は、関東大震災の支援物資として1923年にアメリカから送られたものだということです。つまり、大正建築の一級品が何気なく見られるわけです。内部にはアールデコ(ゼセッション)調のステンドグラスの窓があり大正ロマンの香りがします。またこの時代に、原宿の表参道ヒルズの建つ前にあった「同潤会のアパート」も建築されたはずですから、大正時代から「表参道は時代の最先端を行く町並み」だったのでしょう。「街には歴史があり、街には歴史的文脈が存在する」
 この、「あじのある木造建築」は都内でも、そう出会えるものではありません。長谷川馨という人は、おそらくアントニオ・レイモンドと関係あったのでは?と思います。(ハーフティンバーであるからイギリスの古民家に類似しているというよりは、中欧の木造教会という香りがします。特に正面の楕円形の形が印象的です。そのため後世になって付けられた丸い時計はわざと味気ないものを選んで簡素なイメージに整たのだと思います。)
街を歩くことは「建築の勉強をするための最高の教材」となります。
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 また、それ以前に建っていた原宿駅の駅舎は、現在は中央線の日野駅となって再利用されています。こちらの方は本当に日本の田園風の建築物です。
   

カテゴリー: 一般
著者: 多田和秀

月と太陽の建築
―あけましておめでとうございますー
学生時代桂離宮を見学しにいったことがある。気難しい建築であるというのが第一印象だった。とくに数奇屋建築の場合には「洗練」という言葉がつかわれるが、あまりにも線が細く神経質そのものだ。一概に美しいとも言えない。むしろ作者は、豪華な建築をつくろうなどとは思っていない。「田舎屋」をねらった「御殿」という風変わりな作品だ。
うっかり、引率の先生に「涙が自ずから眼に溢れる」(ブルーノ・タウトがいった言葉)とは流石に言わなかったが。それなりの事をいったとおもう。
 即座に言われたのは、「君ねぇ。そんなの。わからないでしょう。月の夜空の下で見たことないのに」といわれた。
桂離宮は月をめでるための建築装置だったのです。NHKスペシャル「桂離宮 知られざる月の館」で思い知らされた。
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▲桂は非常に気難しい建築で、石の置き方や枝の配置を雰囲気という単純な言葉から芸術に高めたもの。
桂離宮の池に船を仕立てて月を見ながら楽しむという気持ちが欲しい。
●一方、建築としては圧倒的な美で立ち向かってくるのが日光東照宮だ。
500もの彫刻と色彩が押し寄せてくる。「うん、納得」しかし、日光東照宮は石の間造りといわれる形式で、拝殿と本殿の間に「間」が存在している。この「間」が日本の見えない空間の美学だといわれている。
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▲これでもか、これでもかと押し寄せる装飾と彫刻の波。そのなかで、1つの空間だけがポカーンと開いた「間」間の美しさをたたえる空間が東照宮にある。
こちらは、ねっとりした「ねりもの」で極彩色を形をつくり、一色だけ四季の色が加えられたお菓子を考えている。桂離宮で食べるお菓子だとおもう。

カテゴリー: 一般
著者: 多田和秀

かっこよい建築は美味しそう
美味しいお菓子と建築の関係は?
 ●私は無類の甘いもの好きである。和物、洋物を問わず大好きだ。建築を見に行くときは必ず名産のお菓子はないかと探している。高級店にはいけないのでレストランではなく食堂に行く。まぁそれなりの店ということになる。絶品はフィレンツエのケーキの盛り合わせで、天にも昇る気がした。
 建築と菓子の関係だがコレは絶対にある。「最高のバロック建築は美味しそうに見えると」といわれるほどだと私は声を大にして言いたい。
 ▼和風では、やはり桂離宮が美味しそうである。特に秋口の桂は美味しそうだ。私のイメージでは桂の屋根の柔らかいむくりの感じは、栗の感じだ。渋皮を混ぜた美味しそうな形がイメージできる。下部の練り物の中には粉っぽい餡子が入っている。秋の日本庭園の東屋で濃いお茶を飲む。ちなみに八橋というお菓子があるが、和風庭園の橋の形を八橋という。桂離宮にも八橋はあり、その上部には藤棚があり6月には和菓子みたいになるのである。
               

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桂離宮は和菓子の王様?に違いないと私は確信してる。あの屋根の形には底知れぬ柔らかい心地よさを感じる。
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バロックとは、ポルトガル語で歪んだ真珠という意味です。柔らかいあのソフトなクリームを思い浮かべます。特に、バロックのオーナメント(装飾)は美味しそうにみえてしょうがない。イタリアの盛期ゴシックは装飾的なことに力を注いだ。ミラノ大聖堂はチップチョコレートの塊のように見える。ベルサイユのインテリアは幻想的なクリーム。スーパバロックは最高のケーキ職人が作ったのではないかと思う。
 
 ●洋物はケーキである。ちなみに建築家のザッハで検索すると「ザッハトルテ」と出てくる。少なくとも私の検索エンジンでは、建築家のザッハ ハーディーとは出てこない。個人的は前衛的な建築家でいずれ我が国でもザッハのフアンが多くなると思うが。ちなみに「ザッハトルテ」とはウィーンのお菓子だ。ややほろ苦い感じがする大人のチョコレートケーキだ。ウィーンの気高さと甘ったるさがどっと押し寄せるお味で私は少々もてあますことが多い。
 ●バロックと言えばやはりイタリアだろうか。オーナメント(装飾)的にはイタリアのミラノの盛期ゴシックが美しい。細かい装飾がいかにも美味しそうだが、イタリアのシチリアにはなんとスーパバロックという非常に美味しそうな建築がある。スーパデラックスなケーキだと思います。